迷子の賢者は遠きナザリックを思う

第6話

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<ごめん、偏見だった>



 馬車を襲っていた獣人は20匹ほどの群れだった。
 そしてそのボスがあの程度なのだから、私が遅れを取るはずもなく、浮いている残りの9個を放つと同時に<マジックアロー>を再斉唱、それを残りの獣人に放っただけでこの場は静粛に包まれた。

 「う〜ん、ここってもしかして初心者用エリア?」

 大地に転がっている獣人たちを見て私はそう考えていた。
 だって、この結果はあまりにもおかしいもの。

 私が今回使ったマジックアローはかなり弱い魔法だ。
 当初の使用用途が牽制だったのを見ても解るとおり、これだけで戦闘が終わるなんて事はユグドラシルではキャラ作成時にいる場所付近のモンスター相手でしかありえないのよ。

 魔力系特化のモモンガさんならともかく、如何に100レベルの賢者とは言え魔力強化をほとんどしていない私が放ったものなのだからレジストすれば20レベルもあれば何とか即死は免れただろうし、例えレジストを失敗していたとしても頭が大きく抉れるなんて事はなかったはずなのよね。

 正直言って25レベルもあればそのまま受けても即死まではしなかったと思う。
 それなのに今私の魔法で死んだ20体はどれも体に穴をあけて死んでいた。
 と言う事は一番強かったであろう白トラの獣人でも15レベルそこそこだったと言う事になるし、そのほかの雑魚も7〜12レベルくらいだったんじゃないかなぁ?

 「まぁ、たいした武装もしていない馬車を襲う程度のモブならこんな物か」 

 そう一人ごちて、私はこの獣人たちの強さから興味を失った。
 だってそんな事を考えている場合じゃなくなったんですもの。

 「マリー、マリー、死んじゃやだ! しっかりして、マリー」

 「お……じょう……さま……、ごぶ……じで……」

 そう、そんな私の耳にこんなドシリアスでヘビーな会話が飛び込んできたのだ。

 「あっ!」

 いけない、忘れてた! そう言えばメイドさん、腕ちぎられてたんだっけ。
 早く治療しないと出血性ショックで死んじゃうじゃない!

 とにかく急いでメイドさんをターゲット……はゲームじゃないからできないか。
 でも、目標にする方法はなぜかなんとなく解ったから、メイドさんに治癒魔法を飛ばす。

 「<ヒール/大治癒><リジェネレイト/再生>」

 魔法が発動するとメイドさんの出血が止まって傷が塞がって行き、そして切られた腕も元通り再生していった。
 うん、どうやら間に合ったみたいね、真っ青だったメイドさんの顔色も普通に戻ってるし。

 よしよし、ユグドラシルの頃の魔法効果の表記どおり、リジェネレイトは血も含めた体の部位欠損もちゃんと回復してくれるみたいだね。

 「えっ? 私の腕……えっ? えっ?」

 「マリー、よかったぁ! マリー、助かったんだよ、マリー!」
 
 無くなった筈の自分の腕を見ながらぽかんとするメイドさんと、そのメイドさんに泣きながら抱きつく少女。
 うんうん、微笑ましい光景だねぇ。



 さてと、こちらはもう大丈夫だろうから他の人たちの治療をしないと。
 そう思って周りを見渡したんだけど……う〜ん、どれが怪我人でどれが死体かまったく解んないや。

 うめき声でもあげている人は解りやすいんだけど、意識を失っている人はまったく解らない。
 でも、そういう人の方が緊急を要するよねぇ?

 「範囲回復だと万が一、獣人に生き残りが居たら一緒に直してしまって、あの小さい子が危険に晒されるかもしれないからなぁ。かと言って一人一人確かめていたら手遅れになる人がでそうだし」

 う〜ん、これがゲームならターゲットすれば味方はHPバーが見られるから一目瞭然なんだけどなぁ。
 または<ディテクト・ライフ/生命感知>の魔法を覚えていれば簡単なんだけど、料理人である私には必要のない魔法だったから覚えてないし。

 ……あっ!

 「そうだ、調べる方法ならあれがあるじゃない! スキル発動。<アイデンティファイ/鑑定><アナライズ/解析>」

 本当は<アイデンティファイ/鑑定>だけでいいんだけど、いつもの癖でつい<アナライズ/解析>もかけてしまった。
 でも仕方が無いのよ、多分これは料理人を自称するプレイヤー全員に共通する癖みたいなモノなんだから。



 <アイデンティファイ/鑑定>と<アナライズ/解析>。
 この二つは料理人の初期からとる事のできる基本スキルで、同時に全ての料理人が習得している必須スキルだ。

 と言うのもユグドラシルと言うゲームは世界を探索するのが目的と言われるとおり未知の要素が多く、それは当然食材にも当てはまるのよ。
 モンスターがドロップした初見の肉や採取した初見の野菜などはまずこの二つをかけないと危なくて調理できないのよ。
 だって、そもそも<アイデンティファイ/鑑定>をかけない事にはその物が食用に向くものか解らないし、もしそれで食べられると解っても<アナライズ/解析>をかけてみないと毒があるかどうかも解らないからね。

 それにNPCが売っている食材の中にも罠食材があって、<アナライズ/解析>をかけずに他の物と同じ感じで調理したらHPやMPが下がるなんて効果のある料理が出来たりする事もあるの。
 ホントくそ運営、なにやってるんだって感じよね。
 まぁ、そんな食材はある意味当たり食材でもあって、適切な調理をすると同じ値段のほかの食材よりバフが高くなる事が多いからある意味ありがたい食材ではあるんだけど。
 でも、せめて店売りくらいは初めから表示してくれればいいのにとは思うけどね

 とまぁ、このように料理人スキルの<アナライズ/解析>は自分が習得しているどの調理法がその食材に一番合うかが解るスキルでもあるから、初見の食材に出会って<アイデンティファイ/鑑定>を使う時は常に<アナライズ/解析>も一緒に二つセットでかけるのが癖になってしまうと言う訳なのよ。

 実は体力強化に物凄く効果のある食材なのに、それを知らずに魔力強化の料理に使ったりしたらもったいないものね。


 閑話休題。


 スキル発動と共に私は周りを見渡す。
 このスキルは食材を見分ける魔法であると同時に普通の鑑定も出来るスキルだから、私は生きている人には反応しないだろうけど、それが死体ならきっと死体と表示されるはずだと思ったから。
 ところが……。

 「うわぁ、無いわぁ〜」

 マジですか。

 私の目に映ったのはまったく予想もしていなかった物だった。

 <肉(人・オス)><食用可:筋が多く、不味い>
 <肉(人・メス)><食用可:オスより柔らかいが筋が多く、不味い>
 <モツ(人・オス)><食用可:臭みが強く不味い>
 <モツ(人・メス)><食用可:臭みが強く不味い>

 そうよね、死んだら人でも肉だよね。
 でも流石にこれは無いわぁ〜。

 獣人たちはおいしそうに食べていたけど、多分ハイエルフである私は妖精種とは言えエルフに近いから人間種は口にあわないって事でこの表示なんだと思う。
 だけど、もしこれで美味とか出た日には正直ドン引きするところだったよ。
 大体ね! そもそも種族で不味いと感じるんなら初めから肉と表示しなければいいのにって思わない?
 空気読めよ、スキル! ってもんである。

 まぁ、スキルにそこまで求めるのは間違いだとは私も思うけどね。

 でもまぁ、一応どれが死体であるかは解ったから、肉表示されていない人に<ヒール>をかけようと思って周りを見渡したところ、私の目にある表記が飛び込んできた。

 その驚きに私は大きく眼を見開き、そしてこう小さく呟く。

 「あ〜えっとぉ。なんかごめん、家畜以下だなんて言って」

 <肉(ビーストマン白トラ・オス)><食用可:栄養価が高く大変美味。体力・耐性強化料理向け>

 先程倒した白トラ獣人が、実は牛や豚より良質な肉であると表記されている。
 なんだかなぁ、なんか居た堪れない気分。

 「しかし、美味しいって出るって事はこいつら、モンスター扱いなのかな?」

 表示も獣人じゃなく<ビーストマン>って出てるし、人に近い種族からするとまったく別の生き物という認識なのかもね。
 こいつらも人をおいしそうに食べてたし。

 「ん? って事はもしかして」

 私は周りを見渡す。
 ああやっぱりなぁ。

 案の定、倒れている獣人たちは食用可になっていた。
 ただ、

 「トラとか黒ヒョウみたいな外見の、強そうな者の死体は美味になっているけど、犬みたいなのは調理法次第では食べられない事は無い表記か。って事はやっぱりモンスターと同じ扱いなのね」

 ユグドラシルでもドラゴンとか強いモンスターの落とす肉は栄養価が高くてバフもつきやすく、フレイバーテキストでも美味しいと表記されていたからモンスターは強さ=美味しさなのかもね。

 待てよ?
 なら人間でも強ければ……。

 ダメだ! これ以上は考えちゃいけない気がする。

 恐ろしい方向に思考が傾きかけ、慌ててその思考を外にはじき出す為に頭を勢いよく振りだすフレイアだった。


後書き、だよなぁ



 ユグドラシルでもドラゴンが美味しいらしいから当然モンスターの肉を食べていたはずですよね。
 ならオークとかミノタウロスも食べる事ができるだろうし、それならビーストマンを食べる事ができてもおかしくは無いんじゃないかなぁ? と言う事で生まれたお話でした。 

 さて、作中での鑑定ですが、これが魔法ならアイデンティファイよりディテクトの方が正しいと思います。
 ただフレイアの使う料理人系スキルと考えた場合、スキルと魔法が同じ名前だとちょっと変ですし、D&Dにも同系統魔法としてあるのでこちらの方がいいんじゃないかなぁと考えてこの名前にしました。

 また、ヒールは6位階、リジェネレイトは8位階魔法なので、この世界で使える者は居ません。(いや、ヒールはいるかも?)
 実はレイズ・デッドより高位魔法なんですよね、この二つ。
 フレイアさん、盛大にやらかしたのですが知らないのだから仕方ないですねw

 次回、予定通り進めば原作キャラが登場する予定です。
 いけない可能性のほうが高いですが何とか抗おうと思っています。
 まぁ無事出たとしても、大きな設定が一つ二つしかないキャラなので、半分オリキャラみたいなものになりそうですが。


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